一般社団法人柏崎青年会議所2019年度 理事長所信

一般社団法人柏崎青年会議所
第63代 理事長

岡田 和久

Kazuhisa OKADA

2019年度スローガン

起点 -move next Kashiwazaki-

Mission

自己を律し、互いを高め、地域社会の起点となる人材の集結体をめざす

Vision

・自己を律し、責任を果たせるかっこいい青年の集団へ
・個々の個性と才能に感激し、互いに切磋琢磨できる集団へ
・会員の知恵と行動力でエネルギーが充満した集団へ

Value

想い支え、応え挑み、果し繋ぐ

はじめに

10年前、私は柏崎刈羽の一員となった。穏やかな海は南に広がり、冬は晴天が続く。雪は数えるほどしか降らないのが当たり前だと思っていた私の固定観念は全く通用せず、同時に「次代の経営者」として、柏崎青年会議所に入会し、それまでとは違う環境でそれまでとは違う責任を感じることになった。

柏崎青年会議所は今年63回目のスタートを切る。私の経験した10年間はその歴史のなかのほんの刹那なのだが、青年会議所は、私には十分なほど、多くの仲間と経験、そして「認められたい」、「負けたくない」と思える機会を与えてくれた。

多くの先輩諸氏が繋いできた青年会議所は、数多の個性と才能の蓄積であって、この場で運動する私たちはそれを誇りに思い、その誇りを一歩前進する勇気に変え、さらなる誇りを次代の会員へ繋いでいく。弱い気持ちの自分を超え、青年に与えられた挑戦する機会を逃してはならない。

会員拡大と拡大運動で実現する自己成長

個性と才能の集積がその団体の力であると私は信じる。互いに異なる個性と、自分にない才能のぶつかり合いが多くの気づきと学びを生み、また時にそれを受け入れる寛容さも生まれる。当然、その個性が多ければ多いほどそのような機会が生まれ、私たちは成長できる。青年会議所の維持のためだけにとどまらず、私たちの成長のためにも、多くの会員を迎え入れることが必要である。

先輩諸氏からいただいたこの学び舎が豊かなものであり続けるには、私たちがこの青年会議所の魅力と必要性を改めて理解し、日常の運動のなかで自らを律し学びを得て、それを迎え入れる新たな青年世代にしっかりと伝えていかなければならない。まさに自己の成長の機会は拡大運動と表裏一体なのである。

私たちが唱える「JCI Mission」には「青年が積極的な変革を創造し開拓するために、能動的な活動ができる機会を提供する」とある。そのミッションの先には「青年の行動的市民活動を支援する国際的なネットワークをもつ先導的機関となる」という「JCI Vision」が掲げられている。私たちが取り組むべき最も重要なミッションは青年への機会の提供、すなわち会員拡大なのである。

私たちは拡大運動を組織的に行う手法を学んだ。この手法を私たちと柏崎青年会議所のプライドをかけて実行してみせよう。そして、その新たな会員とともに、先輩諸氏を迎え新年を祝い、地域の事業に参画しよう。そのエネルギー溢れる姿はきっと地域の起点となり、人々を刺激し、更なる会員の拡大の力となると信じている。未来に繋がる「仲間と自己研鑽を積みながら、地域のために活動する団体」の姿を見せつけよう。

原子力発電所と日本のエネルギー安全保障の理解

私たち柏崎青年会議所は、1971年に原子力発電所の建設を積極的に推進する事を全会員の意志として決議した(「原子力発電所建設推進決議」)。我が郷土柏崎の将来にぜひとも必要であるという結論に達したのだ。以来、常に「柏崎のまちづくり」を念頭に置きながら原子力発電所の推進をおこなってきた。1999年には電源立地である当地の地域振興がはかられながら、原子力発電所と地域とが共生していくことを強く切望したうえで、当地へのプルサーマル計画の受け入れに賛成することにも決議した。一方、事業者である東京電力株式会社(当時)へは、必要に応じて申し入れを行い、建設推進を決議した責任を果たすべく是々非々の姿勢を示してきた。

近年、中越沖地震、東日本大震災などの災害により原子力発電を取り巻く環境は大きく変わっている。一方で化石燃料は原油輸入元である中東諸国の政治的な不安定、またシェールガスの採掘によりもたらされた世界的な需給バランスの変化、さらにその需給バランスの変化がもたらす一層の政治不安により、その確保と電力の生産に安寧を求められなくもなっている。また、タンカーの航路となるホルムズ海峡、マラッカ海峡に加え東シナ海の安全保障も決して看過できない問題であろう。

現代の生活に電気を必要とするのは必然であり、資源小国である日本が電力を安定的に確保することはまさに生命線である。当然のようにエネルギーを消費しているのが、実は全く当然でないことを私たちは知らなければならない。「怖い」、「不安だ」という気持ちを避けて世の中が進みがちな今、その進む先にもっと「怖い」、「不安」な現実が待ち受けていないか、世論はそこまで見つめられているのであろうか。

漠然とした不安はその不安としっかりと対峙さえすれば解消されることも少なくない。リスクはリスクとして存在する。すべてのリスクを排除しようとすれば、それは経済の縮小などというものでは収まらず、前近代的な生活を選択することになりかねない。しかし私たちはそうではない。交通事故のリスクを認めながらも自動車を使って移動し時間を獲得し、飛行機すら利用する。リスクの存在を認めながら、同時に、かつ無意識に、そのリスクを回避しようと積み上げた技術と人の力を信じ、リスクと共存しているのである。

生きることはリスクとの共生に他ならない。数え切れないほどの情報が発信されている今、テレビ番組や新聞記事などのメディアからのメッセージを主体的・批判的に読み解く能力を身に付け、多くを学び、自身の考えをしっかりと持ち発信し、未来に後悔しない今を創る起点としよう。

柏崎を離れる青少年に懸ける地域の未来

柏崎刈羽地域の豊かな自然と人情に育まれた青少年の多くは、高等学校を卒業するとあたかも当然のように地域を離れてしまう時代になっている。故郷を離れる彼らは、故郷に愛着を感じながらも、自身の夢というポジティブな要因と全国的な地方経済の減速というネガティブな要因により市外での進学または就職という選択を受け入れるのが現実ではないだろうか。

ひとの価値観はひとの数だけあるはずで、そのような固定的な生き方を、彼らのすべてが望んではいないのではないか。自然とともに住み暮らし、職住近接の地で余暇を十分に楽しむ。都会ではできないような生活がここにあり、それは紛れもない柏崎刈羽地域の魅力である。季節によって変化を見せる刈羽三山に囲まれた、表情豊かな海に山に余暇を求める。都会では最寄り駅まで行くのにかかる時間の間に、私たちはもう水に親しみ、雪と遊ぶ。このような「うらやましい」環境にあることをわかっておかなければいけない。

都会でしか就けない仕事があることは事実である。一方、柏崎刈羽地域にも日本のモノづくりを支える製造業をはじめ、豊かな風土に恵まれた農業、漁業、そして農漁業をより輝かせる商業、観光業があることもまた真実である。さらに、情報通信技術の発達により、時間と距離は大きな要素ではなくなりもある。子どもたちが職に就くころには、もっと時間と距離の存在は薄らいでいるかもしれない。

私たちとここに生まれ育った青少年にとって当然な、この柏崎刈羽地域の魅力と実力を、私たちも、彼らも「価値あること」としてしっかり認識し、ひとつでもこの地域での未来に希望を持って、後ろ髪をひかれる気持ちを持ってもらいながら都会に送り出すのが私たちの使命ではないだろうか。

この地域で事業を営む青年が会員の大部分を占める私たちこそ、青少年が柏崎刈羽地域での将来を描く機会を積極的に提供しなくてはならないし、その姿勢は人口減少社会において地方に暮らすこれからの責任世代が避けて通ってはならない課題だと考える。私の未来は私だけの未来ではない。地域に暮らす皆の未来が見える起点をここに創造しよう。

人口減少時代に発展する地域の経営ビジョン

人口減少の影響が危惧されて久しいが、いよいよ私たちの身の回りにもその影響を感じざるをえなくなってきた。資本はその価値を経営資源によって拡大し、増え続ける人口、すなわち新たなる消費者とともに、その価値がさらに新たな価値を生んできた。これが当然であって、約束されうるものであるから、昭和の時代を築いてきた先人たちは一心不乱に努力を続け、今の日本を創りあげた。

人口が減少し、労働者が減少する。当然、消費者も減少する。総人口の減少以上に生産年齢人口の減少の衝撃は大きく、私たちは予期していたはずの人口減少時代に突入しても、その荒波のなかで未だ戸惑っているだけなのが現状ではないだろうか。頑張れば報われる時代から、頑張っても何も変わらないのではないか、そして、頑張っても仕方ないかもしれない、そんな気持ちを心のどこかに持ってしまっているのかもしれない。

しかしながら、私たち青年世代はそのような不安に苛まれてはいけない。地域社会の要となることを自負し、私たち自身が起点となり、新たな地域社会を築いていかなくてはいけない。それは決して後退でも調整でもない、発展である。

この地域には、素晴らしい価値を持っているのに、未だ見落としたり忘れられていることはないだろうか。きっかけさえあれば輝くはずの地域資源が、眠ったままになっていないだろうか。さらに、技術の飛躍的進歩によって、今日の社会はすさまじい速度で便利になりつつある。私たちが人口減少による地方経済の衰退に戸惑っている間にも、その技術進歩により、これまでにないビジネスモデルやサービス、想像しない産業の芽吹きすら起こっている。隠れた地域資源を活かし、この柏崎刈羽地域を輝かせ、未来ある子どもたちに自信をもって繋ぐことのできる地域の創造に向けて動いていこう。

これからの柏崎青年会議所におけるプラットフォームの構築

全国の青年会議所の多くは会員数の減少に見舞われており、柏崎青年会議所も例外ではない。この2年間で会員の3割が卒業を迎えるというまさに危機的な状況にある。青年会議所は、20歳以上から40歳未満の品格ある青年の集合体であるが、30歳以下の会員がほんの数名しかいないことにも目を背けてはならない。柏崎刈羽地域の青年層の空洞化という現実は、もしかすると私たちが他の誰よりも、最も認識しているのかもしれない。

この会員の減少に対して、冒頭述べたように会員拡大運動に重きを置き、今年度の運動を進める一方、柏崎青年会議所の運営も検討していかねばならないと考える。入会金を含めた会費の検討や、収入、支出については新潟県内の各地の青年会議所の運営も参考にしながらも、これまでの運営をフラットな目線で見つめなおすことが必要だ。

私たちの運動の発信についても考えていこう。影響を与えなければならない同じ青年層にどうすればメッセージが届くのか、私たちにとっては大きな課題である。ウェブサイトやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が世に広まり久しいが、刻々とその技術は進化し、手元で情報が得られるようになってきている。家庭にある通信機器も変わってきている。また、私たちの事業に参加される方の個人情報にも注意を払う必要が増してきた。法人として時代に沿った的確な運営と発信ができるよう、研究を重ねよう。

結びに

 青年会議所運動は、そこで活動できる者しか体験できない、学びえない、「何か」を得るものと考える。一方で、人生において青年会議所運動はなくてはならないものではない。現代の日本に生まれれば、食に困窮することもなく、教育を受けられ、医療も受けられる。事業を営み、働き、対価を得られ、そこで受け取る通貨も疑いのないものである。JC運動がなくても、誰も困らないし、なくなったことに気付きもしないだろう。しかし、だからこそ、その「なくても気づかないもの」に全力で取り組み、全力で「よりよいもの」を創りあげようとする姿と、そこに注ぎ込まれる個性と才能が尊いのだと感じる。例会や事業を企画するうえでの会員それぞれの視野の広さ、行動力、成功させようとする信念。そこには「誰かのせいにしてしまう」などの気持ちは微塵もなく、それぞれの能動的な意思が途切れなく集まってくる。

 青年会議所での活動は、「想い支え、応え挑み、果し繋ぐ」ことだと考える。誰かを、地域を想い、支え、その誰かはその想いに応え、超えなければならない壁に挑み、その挑戦を果たしたものが次の世代に繋いでいく。この価値観を愛しながら、未来ある「起点」をここに創っていこう。

 さあ、自らを動かし、地域を動かそう。自らが起点となろう。それができるのが「私たち」なのだから。